6.24 ありがとうと伝える話
こんばんは。
友人にリアコ・ガチ恋を否定するような発言を直接聞かされて、これバレたら変人扱いされるし、ヘタしたら捨てられる…!とどきどきしていた週末だった。
やっと今週末はライブが開催される。地方公演のため少し行くのに手間がかかるが、それもライブツアーの醍醐味だろう。しかも今回は前回に比べると近場なので許容範囲内だ。自分の気持ちに気付いてから初めて会うのでとても楽しみである。
さて、そんな推しなのだが歌手デビューn周年を迎えたのだ。(推しバレ防止のため何周年かは明言を避けさせていただきます)
私は推しの声優業から入ったと言うよりは歌手活動から入った人間なので、この節目の日は個人的に毎年大切なものとなっている。
推しは自分で「歌が下手だから」と言うくらいには歌にコンプレックスを抱いている。あるラジオでは歌が下手すぎて全部音を外して歌い切ったという逸話があると語っていた。
確かに推しは歌は上手くない。
音外すし、自分の体力のペース配分ミスって声でなくなるし、というかそもそも歌詞覚えてなくて飛ばして周りに怒られてヤベッみたいな表情をしてるのを何回か見た事がある。書き出すと酷いな笑
しかしよく考えると『歌』は声優の仕事ではない事が分かるのだ。別に下手でもいいじゃないか、というスタンスで私はCD重ねるし、ライブに通っている。
彼の連ねるメロディー、そして言葉には優しさと煌めきが詰まっていると思う。
たまに本当に私の読解力が乏しいのか、そうではないのか申し訳ないが「この人何言ってるんだ…?」という大宇宙に投げ出される時もあるのだが、それですら辛い時に思い出してクスリと笑ってしまう程で。
推しはビジネス馬鹿だ。
ハマりたての時はこの人本当にネジ飛んでる、ととても失礼な見方をしていた。(本当にごめんなさい)
しかし自身を多くは語らない推しでも、長い間推しを見守っていると何となくわかることもあるのだ。トークのテンポを人によって合わせられるのも、場を和ますために自虐に走ったり天然を演じている。
それはライブにも色濃くにじみ出ている。"オタクが揉めた話"を見ていただいてもわかると思うのだが、真面目な話をしていたはずなのに最後にはみんな笑顔で終われるのだ。
彼はとても優しいのだ。
そういう推しだから同業者も信頼して、慕うし、たくさんの人にいつも囲まれているのだと思う。
推しは昔は深夜の飲み会でも場所を聞きつければ飛んで行っていたらしい。最近はさすがに辛いみたいでちゃんと寝ているみたいで安心している。しかし大好きなラーメンを週4くらいで食べているみたいなのでいつか倒れるのではないかと心配でたまらない。(なんだこの母親みたいな心配の仕方)
活動期間の全部を追いかけられてる訳でもないけど、あなたの歌や言葉に支えられてきたのは真実で。あなたにとっては辛いことだったかもしれないけど、私は続けてくれてありがとうって伝えたい。
出会った時に言ってた"あなたのElementsになれますように"っていう願いも
俺が出来てるんだから大丈夫という自虐酷すぎて笑っちゃうエールも
歌うことが好きになったって言ってくれたあの日の笑顔も
あの日人前に出るのが怖くて震えてた指先も
俺はずっと皆の味方でいます、と歌ってくれたあの歌も
どの瞬間を切り取っても私には大切な思い出しかなくて。あなたの言葉は今の私を形作ったもので、私の生きる道標で、私の全てです。私もこれからもずっと一緒に歩んでいきたいです。どうかこれからも応援させてください。
どこを切り取っても最高な推しさん、いつも本当にありがとう。大好き。
p.s. ツアー終わればオタク降りるつもりだったのに宣伝ツイートが愛おしすぎて申し込んでしまいました。つら。絶対オタクやめられないと悟ったので、オタ活に関するマイルールを作りました。次の記事で宣言程度で記しておきたいと思います。
6.21 推しと恋の話
こんばんは…の時間帯…??
ただいま真夜中2時、そして約10日ぶりの更新。
なんでこんな一般人なら寝静まってる時間におめめパッチリで起きて、ブログを更新しているのかというとちゃんと理由がある。私はこのブログを更新しなかった、いや、出来なかった期間にずっと考え事をしていたのだ。
前回のブログの最後に『私はリアコではない』と記述した。けれど今一度リアコ、またはガチ恋についてしっかり考えてみたのだ。
まず、私はリアコ・ガチ恋を『推しと付き合いたい人』という短絡的で雑な認識をしていた。なぜなら『リアルに恋してる、ガチで恋してる』の省略系を示してる3文字ならば、一般人がする恋愛とかわりないのではないか?と決めつけていたからだ。私だったら好きな人とは付き合いたいし、ずっと一緒にいたいと願うし、手も繋ぎたいし、キスもしたいと思う。
しかし休憩中に先輩方のはてブロを読んで気づいたのだが、別にリアコ・ガチ恋だからって推しと付き合いたいわけでもなければ繋がりを持ちたいと思ってない人もいるみたいで本当に今までの認識を一から改めなければならないと思った。
そんな時に友人間で最強の失恋ソングは何か、という論争をした。私は絶賛首切り処刑台に立たされた(担降り前の)クソオタだ。失恋ソングでも聞いて推しとの別れの悲しみに浸ろうと思い、一般曲に詳しい彼女達に質問を投げてみたのだ。
いろんな曲があがる中、私は以前から友人がカラオケで頻繁に歌っていたある女性シンガーの曲を聞くに至ったのだ。それは片想いした女性の心情を歌った曲だった。なんだ失恋ソングじゃないじゃんと一蹴して次の曲を聞こうと思った瞬間流れた歌詞に驚いた。
『 あなたに恋したせいですか? 心が痛いよ
もっと知りたい 触れたい 膨らんでく想い
あぁ 風船みたいにとばせたならいいのに・・・
本気なんです 本気で好きなんです 』
「あれ、まって、この感情知ってるぞ」と違和感をおぼえた。
推しの事全然知らないって仲の良い同担と泣いた日もあった。握手した、初めて話した日の事を覚えている。大好きで大好きで離れたくなくって、終わりが辛くなるから嫌いになろうとした。でもやっぱりそんなこと出来なくて。
そうだ、私の気持ちそっくりなのだ。私ずっと推しに恋してたのか、そう分かったら今まで辛くて悲しかった気持ちがストンッと落ち着いた
1年くらいじめじめした気持ちを抱いて、辛くて泣いていたのだが、自分の気持ちにやっと"名前"を付けられて心の底からほっとした。
同時にどうしようと慌てふためいた。
この気持ちはきっと世間的には良くは見られない感情なんだと思う。だって私はただのファンで、推しとは20歳以上離れているし、なんなら推しは妻子持ちなのだ。どう考えても異常なのは自分でも分かっている。
別に結婚したい訳じゃない。しかし稀に「何人目でもいいから愛人にしてくれないかな〜」と考える日があるのだ。推しがかっこよくて可愛いくて尊いなら当たり前の感情だと思っていたのだが、今ならきっとこの感情は他の同担は到底抱いていないものだと理解することが出来る。
けれどそう言えばこの感情にピッタリ当てはまること言ってたなと思い出して見た好きなアニメのキャラはこう言っていたのだ。
『他人にどう思われたって構わない!私はもう自分に嘘をつきたくない!私は私らしく生きていきたい!』
『みんなと違うことを恐れないで。小さくてもいい、綺麗な色じゃなくてもいい!』
このキャラ、最推しじゃないのにいつも言動に共感させられてばかりなのでそろそろ推し時なのかなと考えてる。ここではこの話題は置いといて…。
私はずっと他人と推しへの価値観が合わない自分にイラつきを感じていたし、怖かったし、嫌いだった。周囲と違う意見を言うのを恐れていた。だから今までどれだけ周りにリアコ・ガチ恋だと言われても否定してきたし、その可能性に無意識に蓋をしていた。
そっか、私はずっと何と戦ってたんだろう。
最初から私が推しを思う気持ちに敵なんていないし、怖がらなくてもよかったんだ。この気持ちは確かに周りから見れば綺麗なものではないかもしれないけど、私にとっては決して塗りつぶしてはいけない色だったのだ。
すごく遠回りしてしまったな。
これからもっと辛いことがあるかもしれない。この気持ちが周囲にバレてしまえばきっと心無い人から何か言われてしまうかもしれない。けれど推しと迎える未来を考えれば乗り越えていけると思う。
この感情への問題はよく目にする。
私は嫉妬しまくり人間なので声優オタクのガチ恋のブログだけは読めなかったのだが、これまで偉大な先人様がブログを残してくださっているので1度検索しても出てこなくなるくらい読み漁ればいいと思う。いろんな考え方の人がいらっしゃる中でも自分に当てはまることがあれば、その時は自分の気持ちを否定しないで受け入れてあげて欲しい。
それは自分にとっても、推しにとっても最良の愛のカタチなのではないだろうか?
P.S.
運が良いことに7月開催予定のリリイベ(握手会)
に当選した。また遠征のため少しうんざりするが、推しに気持ちをちゃんと伝えるいい機会である。楽しみだ。
※このブログ書き始めたのが夜中2時だったので初っ端の挨拶が更新時間とは異なります。ややこしくてすいません…!
6.10 私と推しの話
こんばんは。
仙台から帰宅した。
しかし私は初のやらかしをしてしまった。なんと夜行バスにリュックを丸々置き忘れてきてしまったのだ。降りるべき場所に着いた時に目覚め、焦って降りたところこのような事態になってしまった。財布と携帯と家の鍵が手元にあるので帰ろうと思えば帰れるのでそれは不幸中の幸いである。
今からそれを受け取りに行く訳だが、時間が余ってしまうので推しを好きになった理由やきっかけを書き綴ろうと思う。何件かブログを書いている訳だが、まだこの話題について触れたことがないと思い出し書くことに決めたのだ。
さて、早速だが話題中入っていこうと思う。
私が推しの声を初めて聞いたのは約8年前である。アニオタになりたての頃に見ていたアニメにたまたま推しが出ていたのだ。当時はそもそも『声優』という概念が私の中で無かったので、「このアニメ面白いな」程度で推しとの初対面(?) は終わってしまったのだ。
その2年後、私は遂に声優の沼に手を出し始めたのだ。その時の推しは今の推しではなく、前のブログでも言っていたCさんだった。
Cさんを好きになったきっかけは声優オタっぽい、「アニメの〇〇〇君の声が好きだった」と割かし普通の理由である。このアニメは周りからクソアニメと罵られていたが、私の中では今でも伏線すごいアニメランキング堂々の第1位である。
しかしアニメの悲しいところは公式からの供給が終わると周りのファンが違うジャンルへ移行し、廃れていってしまう所ではないだろうか?私も例に違わず、別のジャンルへ移行したのであった。
Cさんはそれからも1年くらい相変わらず好きだった。CDも買ったし、出てるアニメは全部見たし、雑誌も出るもの全て買っていた。
そんなCさんにぞっこんな私だったが、ある日何となく、本当に何となく今の推しについて調べてみたことがあるのだ。
Cさんと推しは同じレコード会社から歌手デビューしていて何度も大きなライブで共演する事があったので、その頃には推しがアニオタになったばかりにハマっていたアニメの主人公の声を当てていた事も、もちろん名前も顔(何となく)も知っていたのだ。
あるライブ映像を見ていた時、一生懸命な推しが可愛く見えてきて何を思ったのか画像を漁り始めた。いや、ほんとに、何が起こったのか正直今でもよくわかっていないが可愛くて可愛くて仕方なかったのだ。
それに加えて当時放送されていたスポーツ物のアニメがあったのだが、それにちょうど推しが出ていたのだ。しかもすごく自分好みなキャラで。
これで落ちるほど私のCさんへの愛は浅くなかった。
しかしまた偶然が重なり、推しのライブツアーの先行がちょうど始まったのだ。周りの声優オタがライブに行って楽しかったと言っているのを聞いて羨ましさ100%だった私はなんとも軽率に推しのライブに申し込み、参加することになったのだ。
声優オタとしてあるまじき行為とも言える「顔から入る」というものを実行してしまった私は、そこから一直線だった。
推しの歌には不思議なパワーがあるんだと思う。優しくて、人を幸せに、笑顔に出来る力がある。実際にその温かさに触れた私はもう落ちずにはいられなかった。
それから3ヶ月ほどCさんと推しの2人を推すという暴挙に出ていたのだが、推しの優しさに慣れてしまいCさんのSっ気のあるトークが心に刺さってしまうようになり呆気なくその体制は崩れ去ってしまった。
推しは声優としては優れていないかもしれない。一期と二期とキャラの声が違う時があるし、キャラソンも下手くそだし、キャラの情報すらあんまりよくわかってない時あるし。
でも人間としては見習うべき所ばかり持つ人だと思う。人を敬い誰かを1番に思うことのできるところ、真っ直ぐな気持ちで生きているところ、ビジネスバカを演じて笑いを取れるところ、周りの人達に愛されているところ、そして幸せそうに笑うところ。
まだまだいっぱいある。
私は最初彼の顔から入ったのかもしれない。でも今では顔も含めて、演技も、声も、そして人柄も大好きだ。
ライブで語ってくれる彼が好きだ。
歌で伝えてくれる彼が好きだ。
ラジオで笑顔にさせてくれる彼が好きだ。
演技で涙させてくれる彼が好きだ。
そんな彼がずっと好きだ。
きっとこの先も推し以上に好きになれる人なんていないと思う。そうとしか思えないくらい彼からたくさんの幸せを受け取ってしまっているのだ。
P.S. 勘違いされそうなので言っておくが、私は全くリアコではない(と自分では言い張っている。友人からはリアコ扱いされているのはここだけの話だ。)
6.9 推しが告げた話
こんばんは
後泊して今仙台でのんびりしている。午前中でやりたかったことは全てこなしてしまった。こんなことなら昼のバスで帰ってしまえばよかったかもしれない。
さて、大混乱の後の推しのライブについてお話したいと思う。
推しから例の件について話された。
推しはライブのMC中、身体が痛い歳だだとかCDジャケットの修正が凄いだとかとてつもなくどうでもいいことを面白おかしく話してくれる。しかし今回は「真面目な話をさせてもらいますね」という前置きからトークは始まった。
あ、くるな…と思った。
案の定例のプチ炎上の話であった。さすがエゴサ達人といったものか、それとも公式や事務所を通して言われたのか、どちらにせよこの騒動は推しにまで伝わってしまっていたらしい。
もしこれが誰の言葉を指しているのか気づいてしまった人がいたとしたら、曲折して伝わってしまうとまずいので箇条書きにする。
・Cさんと長い文のやり取りをした
・10周年の取り組みでゲストを呼んだ
・Cさんと何かやりたいと思っていた
・推しも発表のタイミングは悪かったと思っている
・今回たまたま推しのライブが10周年初めのライブだったから突然だっただけで、推しが別のライブに行くこともあるかもしれない
・2人で楽しいライブにしたい
これが大体の内容である。
いや、これ納得出来た人いるの?私は全くしていない。なぜならゲストが来る理由は話していても、オーラスにゲストを呼んでしまった理由にはなっていないからだ。
かといってかつてないほどハッキリと私達に自分の意見を言ってくれた推しの言葉を踏みつぶすことは出来ない。しかもあんな辛そうな表情で話すのを久しぶりに見た。見ているのが辛くて、やいやい言っていた自分が情けなくて途中で俯いてしまった。
推しは「相手のファンも俺達の色で染めちゃおう!」と言い、そして最後に「信じてるよ」とファンへ言葉を送った。
会場にいたファンは「納得をした」と言うより「納得せざるを得ない状況」により強制的に鎮火させられた。
あの会場にいたのなんて所詮DD含めた500人程度。伝わってないオタクにはどうやって伝える気なのだろう。今後の公演で何度も言うつもりなのだろうか?それはHPが削れるのでぜひとも辞めていただきたいと思う。
しかし私達オタクは推しに言われた以上揉めるようなことをしてはいけないのだ。もしもそのような事があれば次は本当に推しのメンツを潰してしまう。大好きな推しの顔に泥を塗りたいやつなど居ないだろう。それを弁えて行動していただきたいものである。
そして肝心のライブなのだが、多分上記の件でだいぶ悩んだのだのか2曲目で声が出なくなりかなりしんどそうに見えた。MCでも口内炎が出来たと言っていたが、確実にストレスによるものだ。私達のストレスを発散させるかわりに推しがストレスを背負うという凄まじい公演になってしまった。楽しかったのにはかわりはないのだが。
今回の推しの姿を見て1つ私の心情に変化があった。
私は何事にも全力で輝きを届けてくれる推しがとても好きだ。
やっと気づけたのだ。ちゃんと好きなことに。
降りるから、終わりが辛くなるから自分に嫌いになれと無意識に気持ちに蓋をし続けていた。
推してるのが辛くて何度も泣いた、推しに謝らせて申し訳なさすぎて今朝も泣いてしまった。
でもこれは好きだから出来ること。普通の人は曲聴いたりツイート見ただけじゃ泣かないから笑
徐々にでいいから、彼を好きな自分も、そして終わりが近づいていることも受け入れられるように頑張ろうと思う。
6.7 オタクが揉めた話
おはようございます。
この時間からの更新は自分でも珍しいな、と思いながら打っている。
こんな朝っぱらから何を更新するんだと思われるだろうが、実は一昨日私的大事件が起こっていたのだ。というか今でもこの件に対して苦々しい想いを抱いている。
簡単になるが一昨日起こったことについて説明させて頂きたい。
私は現在最推しのライブツアーを全通すべく各地を飛び回っている担降り予定のオタクだ。
推しのライブは大阪公演からスタートし、宮城、広島、愛知を経て、東京2公演でオーラスとなる。このツアーは1月から公演されていたツアー5公演の続きであり、今回の東京公演は前回のツアーも含めた締めくくりでもある。
東京1日目には推しの相方がゲストとして参加することがツアー決定時から決まっていた。
先週大阪公演を終えたのだが、その時推しが「来週発表出来ることがある」と言っていたのだが、きっと広島公演にゲストが来るものだとばかり考えていた。(こう考えていたのには理由があるがこれを話してしまうとどこのジャンルか調べれば分かってしまうため伏せるものとする)
私達の予想は半分あっていて、そして半分間違っていた。
確かにこの発表は「ゲスト追加」のものだったのだが、なんと広島公演に追加するだけではなく、ツアーのオーラスである東京2日目にゲスト追加が決まったのだ。しかも追加されるのは同じグループ内でも1番人気の人(以後Cさん)で、チケットは即日完売となった。
これが今回の大事件である。
Twitterは炎上、未だに言い争いが続いている。
端的に何がいけなかったと言うと、「オーラスにゲスト追加」「同担とCさんのファンは仲が悪い」という2点だ。
Cさん自体は好きだけど…のような人は結構いるのだが、ほんっとにファンが強烈なのだ。人気な人はある程度母数が多いため、有害なファンも多くなるのは重々承知しているのだが、そもそもの馬が合わないのである。
Cさんがうちの推しをいじることが多いため、Cさんのファンはなぜかうちの推しを馬鹿にしているところがある。(というか常にネタキャラ扱いしているように感じる)
こちらからしたら推しは優しくて可愛くてかっこよくて最高な人間なのだ。たまにネタキャラ扱いされるのならまだしも、馬鹿にしてもらっては困る。
以上のような理由で私達は仲があまりよろしくないのだ。
そして1番の問題だったのは「オーラスにゲスト」という事だ。
私たちの界隈だけではないと思うが、大体オーラスの公演が円盤化することが多いのではないだろうか。そして私たちの界隈ではオーラスにゲストがくると円盤化は絶望的という悲しい都市伝説がある。そうなのだ、今回がその都市伝説に当てはまってしまう事態なのだ。
推しは2015年に行われたライブ以来、ライブを円盤化していない。周りはツアー毎に出しているのにも関わらず、だ。同担はこのことに対してとてもフラストレーションを溜めている。
この件に対して私はとてもショックだったとしか言えない。まず第一に、正直私も今回こそは円盤化!と意気込んでいた人間の1人であり、とても心が痛いのが現状である。2015の円盤ももちろん持っているのだが、やはり布教するなら最新の映像が欲しい。たかが4年しか経っていないのだが、雰囲気だとか容姿だとかがかなり丸くなっているのがわかるためしっかり最新の推しを見て欲しいのだ。
実は私は元々Cさんを推していた人間だ。
界隈の雰囲気と推しのSな性格が当時色々悩んでいた私には辛くて1年半位で離れてしまったのだが。今でもCさんの歌はよく聞くし、本命推ししている人には及ばないが割と好きである。
なのになんでボロクソに言ってしまうかと言うと上記しているが、Cさん本人・ファンともに、私の推しをいじっとけばどうにかなるみたいな空気があるからだ。
うちの推しはどれだけ酷いいじられ方をしてもずっと笑ってるのだ。言い返さないのだ。
以前Cさんと推しが一緒に出ているイベントに足を運んだことがあるのだが、まさかのCさんは推しではなく、推しを推している私たちをいじってきたことがある。当時Cさんと今の推しを行ったり来たりしている状態だった事もありとてもびっくりしたことを覚えている。なんでファンに飛び火してんねん!と心の中で突っ込んでいた。
しかし今の推しは言ってくれたのだ。
「僕はいじっていいですけど、その先(ファン)まではいじらないでください」、と。
あまり記憶力のない私でもこの言葉は今でも覚えている。この言葉で推し変を決意したんだと思う。
みんな彼のこの優しさが好きなのだ。
しかし今回の騒動では推しにも色んな声が掛けられた。
「埋まらないなら東京1公演にしても良かったのに…」
「なんでオーラスにゲストなんて断ってくれなかったの?」
Cさんのファンからもっと辛い言葉もあった。
「埋められないならやるな」、と。
推しにこの言葉が届いてしまっていると思うととても怖い。彼はとても気にしいで、多分Twitterでエゴサしている。たまにそのような内容が口から出ているというか、エゴサしてなかったらこんなにファンに対して胸を震わすような言葉は使えないだろう。
さて、話はズレてしまったが今回6公演中結局3公演にゲストが来てしまうことになってしまった。これはもはやソロライブツアーと言えるのだろうか?
推し本人がどう思っているかは謎である。当たり前だ、私は彼本人ではないのだがら。
明日の宮城公演でちゃんと話してくれるはずだ。どういう話をしてくれるのだろうか。ニコニコしながらゲストにCさんが来てくれる!と喜んで報告してくれるのだろうか。それともごめんねと謝ってくるのだろうか。どちらになろうが私たち推している側の人間からすれば辛いのには違いない。
もう降りることを決意している私は最後の最後にこの仕打ちかぁ…という悲しみしか湧いてこない。これ以上推しに失望したくない。
そんな思いでいっぱいである。
6.3 ツアーが始まった話
こんばんは。
蒸し暑くてたまらない日が続いて、早く梅雨入りしてしまえばいいのにと永遠と考えている。
さて、前述の通り私は推しのライブに行ってきた。今回はそれについてお話したいと思う。
週末ライブをやっていた精油・廃油はそんなにいないと思うが、今回は推しバレを怖がらずにバンバン書いていく。なぜなら誰も見ていないから!
まず終演後思ったのが「これ千秋楽で泣いちゃうだろうけど、ちゃんと降りられる」だった。
優しい笑顔も、少し天然さが入り交じったトークも、元気をくれる歌も、どれをとってもやっぱり大好きなのは変わらなかった。今回はダンスナンバーが多くあり、踊る推しを見れて嬉しかった。これをあと5公演見れると思うとなかなか幸せものではないだろうか?
だが漠然と感じたのは「罪悪感」
降りると決めた人間がこの場にいてもいいのかずっと不安だった。気づけば笑って曲を聞けない私がいた。
もう本当に限界なんだなと感じしばらくぼんやりとしてしまい、気づけば毎公演泣いてしまう曲が流れてきた。
この曲は短くまとめてしまうと「どこか行ってしまってもいつでも戻っておいで。味方だから。」みたいな曲だ。悩んでいた私にとって歌われるとHP100%削られる程罪悪感と涙が溢れ出てくる名曲だったのだが、今回は泣くことはなかった。
私は5年以上イベントやライブに通い続けたのだが、彼からしっかりファンサを貰ったことがなかったのだ。けれどこの曲を歌う機会が出来てからというもの、この曲で2分の1の確率で目が合うようになったのだ。多分要因としては毎回誰も泣いていない中1人で泣いているからだと推測できる。
目が合うとか錯覚じゃない?とか言われそうだが、確かにそうだ。しかし1度はビシッと指を刺され微笑まれたのだ。
泣かなくなったのは多分もう戻ることは無いと覚悟が固まったから。それでもきっと最後の日には今までの記憶が溢れ出して泣いてしまうだろう。その時はまた目を合わせて微笑んでくれるだろうか。
今回は前にも書いたように色々あり、推しのことを全然知らない一般人に同行してもらった。
感想は「かっこいいより可愛いだね。応援したくなる気持ちが分かる。」だった。彼女は私の推しのことを「チンパンジーにしか見えない」とディスり続けていた強者だったのもあり、この感想にはとても驚いた。そして推しが褒められたことが素直に嬉しかった。
第一声は「ファン揃いすぎててこわ…」だったため己自身は否定されたので、喜んでいいのかダメなのか戸惑いが隠せなかった。
とりあえずついてきてくれた奴には感謝している。推しのことを少しだけ知ってくれて嬉しいのが私の今の気持ちだ。
今週末には地方公演がある。もちろん全通野郎の私もいくのだが初めての土地なので少し緊張するのが本音だ。
推しには初めてを経験させられてばかりだ。一人旅も初めてしたし、夜行バス・夜行バスも初めて1人で乗った、九州・東北にも初めて行った、カプセルに泊まった。これを全て今の推しに習ったのだ。行動力が身についた点では感謝でもある。
今週は少しスケジュールに余裕があるので、ライブ前にももう1回更新したいと考えている。その時には推しについてもう少し話してみたいと思う。
5.27 私の気持ちと学級会の話
こんばんは、ゴミクズはゴミクズらしく生活してまーーす!!
5月もあと数日。6月からは推しのライブツアーが始まる。揉め事はスッキリしたし、チケットも用意したし、交通手段も手配したしもう完璧!!
以前のブログ(公開時間わずか5時間笑)でも述べていたが私はこのライブツアーで推しを降りることにした。多分今後の私のスケジュールを見るに今日がライブ前最後の更新可能日だったのでドーーーンと更新してやります。相変わらず誰も見てないですけどネ。炎上するよりそっちの方がまし。
初めに、今日1日他の担降りした人々(廃油、精油など)のはてブロをぼんやり眺めていたんですけどほんっとにわかりみが深すぎる…!!
推しに対して思うことは溢れんばかりにある。「あんまり無理しないで、心配。」「笑って逃げようとしないで。怒っていいんだよ。」「ちゃんとファンいるから自虐しないで!応援してるから!見てるから!」などと怒り狂っている時があるのですが、冷静になった今、内容を見るとどこから目線だよみたいな怒り方で笑える。
上記みたいなものではなく、普通に怒っている時もあるが、大抵推しの幸せそうな顔を見ると「でも本人は幸せそうだしな…」とどうでも良くなる。結局のところ推しが幸せならそれでいい。
メンヘラのような文章になってしまうが許して欲しい。これは今日ずっと頭を駆け巡っていた言葉だ。
『ただのファンの1人だし、きっといなくなっても気づかないでしょう?でも私にとってあなたは何よりも大切な人で、いつも幸せを与えてくれるかけがえのない存在なんだよ。ファンを”僕のファンはいい子ばっかり”と褒めてくれたね。私もその”いい子”の1人になれたかな?私にとっての全てだよ。大好きなのに最期に裏切ってごめんなさい。』
こんな懺悔の言葉が永遠にリピートされるのだからたまったもんじゃない。
私と推しにはあと50日しかない。大好きな笑顔も声も人柄も、5年分の幸せな思い出も、全部ここに置いていく。
これは『推しが大好きな幸せな私』から『性格の悪いゴミクズな私』への呪い。
私はゴミクズな自分が許せていないのだが、もっと許せないものがある。それが『単推しじゃない同担』である。
私は同担が好きだ。推しに似て優しく、割と穏やかな人達が多い。推しには私より年上のファンの方が多いが、同担は若い私にも同等にフレンドリーに接してくれる。
こんな同担サイコー!勢である私が目の敵にしているのが『単推しじゃない同担』だ。奴らに思う事はいっっっぱいある。
まず、オタク恒例の『学級会』
上記で述べたように推しの同担は基本穏やかで、揉め事を起こしたがらない。つまり学級会を起こしてるのは同担ではなく、『他担だけどうちの推しも推してる複数推し』の奴らだ。奴らは母数が多い上に、年齢層が低いのだ。
つい先日も奴らが他担にわざわざ喧嘩をふっかけるような発言をしたのだ。こちらからすれば奴らの存在もアカウントもある程度知っているので「またあの複数推しのやつが暴れてる」としか思わないのだが、そんな事を知らない他担から見れば奴らは「自分たちに喧嘩をふっかけてきた○○(推し)担」だとしか思わないのだ。そして立派に委員長面しているのを見てて失笑しか生まない。
推しの魅力に気づき推してくれるのは嬉しいことなのだが、私は他担と揉めることなく推し事がしたい。民度が低いと思われたくないし、それが推しの耳に入るのは阻止したいので本当に辞めてくれ。
ここまで読んでくれた人なら私が推しのことをどれほど大切に思っているかをきっと理解してくれるだろう。
今までも何度か推し事なんてやめてやる!!と喚き散らすことがあったが、結局やめられたことなんて1度もない。
けど今回は何故かやめられるような気がする。嫌だと思いながらきっと心のどこかで諦めがついているのだ。
『好きより疲れたが勝るならもうそれは純粋な好きでは無い』
気づいてしまったのかもしれない。